紀伊半島のほぼ真ん中、日本一広い村ーーー奈良県十津川村に‟谷瀬の吊り橋(たにぜのつりばし”がある。ずいぶん前だが、この橋を訪れた。天理から約80㎞、今なら京奈和道を利用して五条市まで南下し、そこから国道168号線を進めば約2時間で到着する。
▲「高所恐怖症」掲載・『陽気』R1.12月号 表紙画
橋の長さは297メートル、十津川の川面からの高さは54メートルもあり、生活用の鉄線吊り橋としては日本一である。橋の上からは四季折々に雄大な景観を味わうことができ、地元の人には自転車やバイクでの通行が許されるほど頑丈に作られている。しかも無料で渡れるのだ。こんな素晴らしい観光名所ではあるが、実は、私は高いところが大の苦手なのである。それなのにわざわざ出かけて行ったのは、怖いもの見たさ以外の何ものでもない。
高所恐怖症の真性患者は1メートルほどの脚立(きゃたつ)に立っても不安と恐怖を感じて動けなくなってしまうらしいが、私の場合、二階建ての屋根くらいの高さなら平気なので本当の恐怖症ではないと思う。だが、海峡に架けられた大橋の上の隙間から海面が見えるときや、透明な床でできている高所絶叫スポットなど、想像しただけでも恐ろしくて足がすくんでしまうのだ。だから、絶対に安全だ。落ちるはずがないと自分に言い聞かせながら吊り橋に足を踏み入れた。
しばらくの間は平気だった。ところが、自分を取り囲む空間に橋以外に何もないと感じた瞬間、とてつもない不安に襲われて腰が引け、手足がしびれたような感覚に陥ってしまった。引き返すこともできず、足はガクガク心臓はドキドキ、下を見れば余計に怖くなるのに自分の靴だけを見つめて歩いた。対岸に着いたときには、心の底からホッとしたーーー、がその時「車は向こう岸にある。橋を渡らなければ帰れない」ということに気づいた。
そのお陰かどうか、帰りは慣れて“空中散歩”を少しだけ楽しむことができた。『徒然草』の「高名の木登り」では誰もが高いところに登れば緊張し用心する。下の方まで降りて、気を抜いた時が一番危ないと教えてくれている。しかし、「行ったら帰る」という基本さえ忘れているのは、高所恐怖症より問題だな。
R1.12月号 陽だまり語録 136
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