ケンカを売られた

 修養科一期講師の時の話。黎明の雲の間に、青く透き通る空のかけらが見えるころ、朝の神殿掃除ひのきしんを勤めた修養科生たちは西礼拝場に整列する。その中の一人がふざけて騒ぎ、目に余ったので担任の講師が厳しく注意した。

 年若い彼は逆上して担任のハッピの襟をつかみ怒声を放った。朝の静寂を破る大声に周囲は騒然となった。私は二人の間に入って、彼を礼拝場から外に連れ出した。少しは落ち着くと思ったのだが、逆に興奮した彼は体当たりをしてきた。

「ここは、暴れるところじゃないんじゃ」と諌めたが

「そんなら、むこうで勝負したるわ」とケンカを売ってきた。

「なんのために来とるんじゃ。頭冷やせ」

「うざいんじゃ!去ねや!」と、逆上するばかりである。仕方ない、と覚悟した時、同じクラスの修養科生たちが彼を抑えた。

 こんな時、どうすればいいんだろう。講師の研修では「決して殴り返してはいけない」という注意を受けている。しかし、自分の子供くらいの小僧になめられたまま、どうして黙っていなければならないのか。郡山大教会の初代会長、平野楢蔵先生ならどうされるかなあ。まあ、平野先生がひと睨みしただけで相手が震え上がるだろうから、比べるほうがおかしいんだけど、それにしても悔しいなあと思いつつ教祖のお出ましを待つために教祖殿へと向かった。

 すると、前を行く彼が振り返り「なんでお前が付いてくるんじゃ!」と食ってかかってきたのである。「うるさい、ほっとけ!」と言おうとしたが、仲間が止めているので無視して横を通り過ぎ、教祖殿の階段を上がりかけた。だが、ふと気になって振り返った。そのときの光景を、私は忘れない。

 一人の年配の女性が目に涙を浮かべ、彼に縋りつくようにお願いしている。言葉は聞き取れなかったが、真剣な瞳で訴える彼女の姿は神々しく、輝いて見えた。その真摯な願いと優しい言葉に、荒ぶる彼の心が落ち着いていく様子が手に取るように見えた。

「あっ、教祖があの方を通して彼に言葉をかけられているのだ」と、感じた。言葉も荒げず、腕力にも頼らず、誠の心で彼を説得したご婦人のしなやかで強い力に、脱帽した朝だった。

H21.3月号 陽だまり語録 7

陽だまり語録

あってもなくてもいいけど、あったらいいな、という食後のお茶かコーヒーみたいなエッセイです。「陽気」誌連載(2008.9~2020.12) ペンネーム: ビエン.J.K

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