広州の風

 本場の“春節”を味わってみたいーーー人間味を丸出しにして生きる人々に混ざり、喜びを共有してみたいと、ずいぶん前から願っていた。そんな風変わりな願いを持つ父のところへ「春節休暇に来ない?」と、広州に住む長女からの招待状が届いた。しかも香港への「高鉄日帰り弾丸ツアー」付きである。私は矢も盾もたまらず飛んでいきたくなった。

 ▲春節の獅子舞

広州は中国の南部・広東省にあり、亜熱帯に位置する人口約1350万の大都市である。

「食は広州にあり」と言われるように食材が豊富で、特に広東料理はスパイスや香草等を多用せず、どれもが私の口に合い絶品だった。また、多くの種類の花が一年中咲き、ガジュマルの街路樹が心地よい木陰を作る美しい都市でもある。

 関空から広州白雲空港に着いた旧暦の大晦日、旅装を解き市内散策に出かけた。近くには日系スーパーがあり、買い物客で大賑わいだった。そこで広東地方の伝統的年越し料理である”大根餅”などの食材を買った後、広州で最大の「越秀西湖花市」に出かけた。この花市は春節前の3日間に開催され、歩行者天国の街路に正月の縁起物である花や植木の他、様々な種類の物が並んだ夥(おびただ)しい屋台がずらりと軒を連ねる。

 中国語では「人山人海」と表され、毎年、数十万もの人々が訪れるそうだ。その花市のあちこちで、赤と金色の派手な飾り付き風車を持って歩く人たちを見かけた。風車を回すと自分にも運が回って来るのだという。みんな春節を心から楽しんでいるようで、私までワクワクしてきた。

 帰路、地下鉄に乗った。中国の公共交通機関はとても安く便利である。車両に乗り込むと、大きなスーツケースを足元に抱えて座っていた青年が私を見てさっと席を譲ってくれた。

▲広州の地下鉄

「えっ、俺にか?」と心中穏やかではなかったが、彼の優しい気持ちを無にせぬようにありがたく座らせてもらった。生まれて初めての経験だった。

 翌朝、静かに落ち着いた春節の街を歩いた。新春の温かく優しい風が吹いていた。花と緑と食の都・広州の風は、私の心の風車も回してくれているようだった。

H29.5月号 陽だまり語録105

▲ガジュマルの並木道

陽だまり語録

あってもなくてもいいけど、あったらいいな、という食後のお茶かコーヒーみたいなエッセイです。「陽気」誌連載(2008.9~2020.12) ペンネーム: ビエン.J.K

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