今年の夏は例年になく雨がよく降った。そんな夏のある朝、事務所でパソコンに向かっていると、台所から家族の何気ない会話が耳に入ってきた。「外の掃除をしてたら、なんかごそごそと音がするから…」 と、最後の方は声を潜(ひそ)めている。
しかし、人はなぜか耳にしたくない言葉ほど良く聞こえるものだ。小さなカニが、台所の軒下にいたと言うのであった。
初めて聞いた人はほぼ笑うのだが、私は子どもの頃からカニが大嫌いなのである。食べるのはもちろん、見るのも、触るのも、文字に表すことすら嫌いなのである。母の分析によれば、「昔はうちの座敷にもツメの赤いカニがよく上がってきていた。それを、おばあちゃんが恐れさせたからでは?」ということになっている。だが、ザリガニは平気だしエビやシャコは好物の一つなのだから、「あんた変わっとるなあ」と笑われても仕方が無いと思う。
まあ、かの文豪三島由紀夫氏にも同じようなカニ恐怖症があったらしく、特別ファンというわけではないのだが、とても親近感を覚えたものだ。
さて、件(くだん)のカニはどこへ逃げたのか消息をつかめなかったので、それから暫くはとても不安な日々を過ごした。特に外に置いてあるサンダルを履くときには細心の注意を払った。結局、一ヶ月ほど経っても発見できなかったから、裏山に逃げ込んだか、近所のネコに捕獲されたのだろうと思う。
そういえば2、3年前には近所の用水路の掃除をしていたらスッポンが出てきて大騒ぎをしたし、ヤゴも見つけたことがある。このような自然の生き物たちが帰ってきて喜ぶべきなのかもしれないが、いつ出現するかもしれない天敵が身の回りに潜(ひそ)んでいることには、厳重な警戒を要するのである。
ただ、ありがたいことに、私も最近では心も成長して、怖(こわ)々とではあるが、炭で火あぶりにしたタラバガニなどが味わえるようになってきた。
しかし、それにしても、 童謡“浦島太郎”の歌詞、4番の冒頭が“帰ってみれば 恐いカニ~♪”(こは如何(いか)に) と聞こえるのは、私だけなのかもしれないなあ。
H26.12月号 陽だまり語録 76
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