逃げろ!


 何年か前のことだ。大学のクラブのOB会に出席した。地元での開催ということもあり、久しぶりに2次会まで残って旧交を温めた。解散後、数人で最寄りの駅まで歩いていると、前方に、明らかにやんちゃ風の若者達がたむろしていた。

 私たちの中には体格が良く、腕っ節が強くて学生時代にはかなりの武勇伝を残している先輩がいた。しかし、出席者のほとんどがそれぞれの職場で重責を担う人たちだった。

 このまま行けばまずいことになるなあと不安に思ったとき、その先輩が「こっちへ行こうか」と言って、すっと脇道へ案内してくれた。相手に恐れをなして逃げたのではない。危険事態を予測して回避したわけである。そうか、こういう逃げ方はいいなと思った。


  映画では「ラン!」の叫びに「逃げろ!」と字幕の出る場合がある。確かに危険なものから急いで離れるときには、ぴったりの表現である。面白いなと感心したが、走って逃げない時もある。その場合はどう言うのか?などと、つまらないことを考えた。

 また、私たちはよく「苦しいことから逃げるな!」とも諭される。困難な状況を克服した先には輝く未来がある。だから今は苦しくても頑張れと励まされることが多々ある。

 その教えは確かに素晴らしい。しかし、誰だって辛いときや悲しいときには愚痴や不満、あるいは将来に対しての不安を呟(つぶや)きたい時があると思う。それは恥ずかしいことなのであろうか。

 たとえば重大なプレッシャーに押しつぶされそうになり多大なストレスを抱え込んでいたり、学校や職場でいじめに遭いとても辛い思いをしている場合がある。それでも家族や周りの人々に心配をかけさせまいとして、ぐっとこらえているのだ。でも、本当は一人では到底支えきれない問題を抱え、心が倒れそうになっている場合が多いのだ。


 そんなとき私は「逃げろ!」と言いたいのである。苦しい状況から逃避(とうひ)するのではない。心の避難所に一時回避するだけなのだ。メンツにこだわらず、心の弱さを垣間(かいま)見せることだって、実は勇気が必要なのだ。では、心の避難所ってどこにあるのだろう。

 その答えは、あなたのすぐ周りにあると思う。

H27.5月号 陽だまり語録 81

陽だまり語録

あってもなくてもいいけど、あったらいいな、という食後のお茶かコーヒーみたいなエッセイです。「陽気」誌連載(2008.9~2020.12) ペンネーム: ビエン.J.K

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