解答なしが正解だった

 中学生の頃、かなり思い上がっていた時期がある。精神的に未熟だったのだから仕方ないが、田舎の中学校のしかもトップの成績でもないのに“本当にやる気になったら俺は凄いんだぞ”と錯覚していた。

 だから、高校受験のとき「一校だけで本当に良いのか?」と担任の先生が心配してくださっても、「大丈夫です。僕が落ちるような学校は日本にはありません」と大見得を切っていた。不安を払拭するための自己暗示のようなものだったとは言え、汗顔の至りである。そんな“僕”の通った高校は屈指の進学校ではなかった。ところが、入った途端に自分の実力を思い知らされた。

 特にT君という、後に東大に進んだが、野球選手でたとえればマリナーズのイチロー選手のような同級生には「この世の中には上には上がいる」と心底から驚いた。

 彼は高校3年間トップの座を譲ったことは一度も無く、全教科1位での完全制覇も何度かあった。また、全国模試で全国順位一ケタという信じられない結果を出したのだ。しかもガリ勉タイプではなくスポーツも上手く、その上謙虚だった。まさに“井の中の蛙大海を知らず”という古言が身にしみた。そのT君に勉強のコツを尋ねたことがある。

「授業には山と谷がある。集中して聞けば、大切なことは先生が何度も繰り返し言っている。一つ一つの小さな積み重ねが大切だ」というのが彼の答えだったが、なるほど至言である。ただ、言うは易し行なうは難しで誰にでもできることではない。

 さて、高3の頃だったと思うが、ある校内実力テストの後「今回は出題ミスがありましたから、全員に点数を追加しましたよ」と先生が言われた。世界史のかなり難しい選択問題だったので、私は適当に記号を書き込んでおいたのだが、ただ一人だけ解答欄に「解答なし」と書き込んだ生徒がいたというのである。もちろんT君だった。

 たとえ、どのような権威のある人に意見をされても、自分の信じる道を信念を持って通ることが果たして出来るだろうか? T君の答えが、また新たな輝きを持って、今の私に語りかけてくる。

H21.12月号 陽だまり語録 16

陽だまり語録

あってもなくてもいいけど、あったらいいな、という食後のお茶かコーヒーみたいなエッセイです。「陽気」誌連載(2008.9~2020.12) ペンネーム: ビエン.J.K

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