子どものころ、あまり勉強した覚えがない。塾に通ったこともない。放課後、家に帰ると、まず宿題をちゃちゃっと済ませた。50年以上も前の小学校では、先生の手作りプリントが主だったので、大した量ではなかったと思う。
おそらく先生の方も用意するのが大変だったのだ。あとは仲の良い友だちと遊ぶか漫画を読むか、今から振り返れば、幸福な少年時代だった。ただし、こどもにも家事の分担があって、ボクの役目は風呂焚きだった。そんなとき、台所からカレーの匂いが漂ってくると、矢も楯もたまらず飛んでゆきたくなったものだ。
当時、我が家で食べる肉と言えば、鯨肉ぐらいで、鶏も豚もましてや牛肉なんて滅多にお目にかかれなかったので、玉ねぎとごろごろしたニンジンやジャガイモが入ったカレーがご馳走だったのである。だから印度カレーの箱に描かれていたような、カレーだけが魔法のランプのごとき器に入った「ライス&カリー」を一度は食べたいものだと夢に見ていた。
大学に入り、神戸に住むようになって、初めて本格的なチキンカレーに出会った。スープのようなカレーが入ったお皿の中央に、大きなチキンの塊がデンと置かれていた。あまりの辛さに驚いたが、そのスパイシーで奥深い味に感動したことを覚えている。牛が神聖な動物として崇(あが)められるインドでは、ビーフカレーは食べないし、そもそもインドには、印度カレーがないということを知ったのもそのころだった。
カレーとは、風味豊かで鮮烈な多種類のスパイスを料理に合わせて、絶妙に調合したインド料理の総称であると、マスターから教えてもらった。その店も阪神・淡路大震災で無くなってしまった。
さて、岡山には、興味深い意味の印度カレーがある。子どもたちが時間を忘れて遊び呆(ほう)けているとき、お母さんが「もう帰った方がいいよ」と優しく言う言葉なのだ。
「あんたらあ、ええかげんに、いんどかれー!」
これを聞くと、どんなに楽しくても遊ぶ手を止めて、帰る準備をしなければならなかった。
わが哀愁のインドカレーだ。
R2.7月号 陽だまり語録 143
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