蚊取り線香

 最近、蚊取り線香が見直されているそうだ。エアコンを消し、外から自然の風を取り入れる。エコだし、節電効果もあって財布にもやさしいというのだ。あの香りをかぐと、私は子供の頃のある情景を思い出す。

 夏の夕方、打ち水をした道の匂い。大人たちに交じって裏庭の縁台に腰をかける。ラジオからプロ野球の実況放送が流れ、暮れゆく夏の空を眺めながら冷たい麦茶を飲む。

 めったにないことだったが、“環境に配慮した2ドア冷蔵庫”すなわち電気を使用せず内部の2階部分に置いた大きな一貫目の氷で直接冷やすタイプの冷蔵庫からスイカが出てくる時もあった。そんなとき、足元に置いてあったのが、蚊取り線香だった。

 私の住む瀬戸内海沿岸地域は、かつて除虫菊の生産が盛んで、この除虫菊から蚊取り線香が作られていた。今では、需要減少と合成ピレスロイドとかいう殺虫作用のある化学物質が開発されて、除虫菊の生産は衰退してしまい、僅かに“しまなみ海道”沿いの町で観光用として栽培されているということだが、当時この辺りでも蚊取り線香が多く製造されていたのである。 

 私たちが使っていたのは有名なメーカーの物ではなく「陽菊」という商品名だった。この箱が偶然にも我が家の倉庫から出てきたのだ。箱の四隅にマーガレットに似た白い除虫菊の絵があり、真中に「陽菊」、銀色の側面には「ヨウキク」と大きく印字されている。主要成分ピレトリン含有量0.6%以上と表記してあるので、除虫菊から作った天然蚊取り線香に間違いないと思う。

 残念ながら線香自体はほんの僅かしか残っていなかったが、昭和の匂いのするレトロな箱を眺めながら「陽菊、ヨウキク、よう効くか。なるほど、上手いネーミングだなあ」と独りで感心した。そして、ヨウキクは「よう聞く」にもつながるぞそうか、何事も「よう聞いたら」自分の言うことも「よう聞いて」くれるのか。神様の言われることを「よう聞く」と、何事も「よう効く」ようになるのかと、次々と連想する言葉を味わいながら、40年前の線香の香りを嗅いでみた。

H24.8月号 陽だまり語録48

 ▲懐かしい昭和のレトログッズ

陽だまり語録

あってもなくてもいいけど、あったらいいな、という食後のお茶かコーヒーみたいなエッセイです。「陽気」誌連載(2008.9~2020.12) ペンネーム: ビエン.J.K

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